とよだクリニック
(医)青蘭会 とよだクリニック
心療内科/精神科
TEL:072−686−0919
高槻市高槻町13番5号 牧ビル3F

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患者様の声

社会不安障害(SAD)の治療を受けて

パニック障害の治療を受けて

 

社会不安障害(SAD)の治療を受けて

会社員Lさん

 今振り返ると、SAD(社会不安障害)として初めて症状として現われたのは、小学5年生の頃の事です。こども会の野球チームに入っていた私は、その日はたまたま体調が悪かったのか、試合中に気分が悪くなり、吐いてしまった事をきっかけに、「また同じような事が起こるかもしれない」という気持ちが常に自分の頭から離れず、次第に野球の練習中や、塾への通学途中でも、気分が悪くなり、時には吐いてしまう事もありました。一度、大きな病院で診てもらったものの、身体的な部分では一切、異常は認められず、身体の成長と心の成長のスピードが合っていないために起こるもので、時間と共に、その症状は和らいでくるでしょうという診断結果でした。今から考えると、それで少し安心できたのでしょう。その後は、たまに調子が悪くなる事はあるものの、中学卒業までは総じて普段通りの生活に戻る事ができました。ただ高校に進学し電車通学を始めた頃。梅雨の季節に満員電車の中で気分が悪くなったのをきっかけに、小学生の頃と同様に、「また同じような事が起こるかもしれない」という気持ちが常に自分の頭から離れず、梅雨が来る度に、何かに吸い寄せられるように、そのような状況に陥ってしまうという繰り返しでした。その後、自身のペースである程度自由に過ごせる大学生活は普段通りに戻る事ができていましたが、就職活動を控えた頃。面接の際には、必ずと言ってよい程、手が震えたり・痺れたり、喉がカラカラになり言葉が詰まってしまったり、鉛を背負ったような体の重さや吐き気を常に感じるような毎日でした。そんな状況を胃薬を服用し、一時的に誤魔化しながら過ごしていました。そして社会人になっても、仕事柄、大勢の前で講義・講演をする日はもちろん、その依頼があると、その当日までずっと「また…起こるかもしれない」という考えがグルグル頭を巡り、気持ちが沈んでしまうと同時に、徐々に症状としても現われてくる、そしてそれを胃薬を飲んで誤魔化すという繰り返しでした。そんな状況のまま、自身の将来、そしてこれからも続く社会生活を想像した場合、自身が有する症状を一種の病気として捉える必要性を強く感じ、『心療内科』や『薬剤治療』という言葉に強い恐怖感を感じながらも、とよだクリニックさんを訪ねました。

 初診の際、豊田先生から、SADである事、その症状レベルはまだ軽い方である事、今までに薬を服用する等、中途半端に治療をしていなければ、薬は100%に近い割合で効き目がある事を仰って頂き、毎日、×××という薬を服用しながら、緊張が強い場合等は頓服も併せて服用、ことごとく成功する経験を積んでいく治療計画を示して頂きました。このような心強い言葉を頂きながらも、正直、×××を服用後3日間位は、なかなか『薬剤治療』に対する恐怖感や不安感は払拭できずに、脂汗のような汗をかいているように思ったり、何とも言えない体の違和感を感じたりしていました。ただ徐々にそのような感じも無くなっていき、胃の動きを促進させる○○○という薬も徐々に減らしていくようにしていきました。

 そして数日後、友人の結婚披露パーティーでのスピーチ。一番の変化は、スピーチ前日、そして直前になっても、そんなに気に病んだり、気持ちが沈んでしまったり、身体的な症状として、体が重くなったり、気分が悪くなったりする事なく居れる自分がいました。絶対に効き目があるという頓服を服用しているという心丈夫さもあったのかもしれません。司会者から紹介を受け、いよいよ壇上にという時は強い緊張感を感じましたが、マイクの前に立つと要らない力がスッと抜けて、会場の笑いも誘いながら話すことができました。友人から大いに喜んでもらうとともに、久し振りに自身の中でも充実感を感じながら帰路についたことを今でも鮮明に覚えています。

 また同時期に社内でも、10人程度の小さな会議体ですが、会議の司会及び進行役を任されることになりました。今までであれば、上司からこのような打診があった際、その役をちゃんと全うできるか、(うまくいかない・失敗する事をイメージして)こんなことがあったらどうしようと、ネガティブな気持ちで頭がいっぱいになり、やる前から気疲れしてしまっていたのですが、気負いすぎることなく、“まぁやってみてもいいか”という気楽な気持ちを持つことができました。また会議中も、自身が話す順番が近づいてくるにつれ、心臓がドキドキしてきたり、発言している際に息が続かないような感じも無くなっているという変化を実感できるとともに、落ち着いて司会進行を進めることができるという成功体験を積んでいくことができ、豊田先生が仰る「波が押し寄せてきても、それを凌げるよう堤防の高さが少しずつ高くなってきている」というイメージを抱くことができました。

 そして来月で薬を服用し始めてから1年が経ちます。昨年の今頃からは想像もできないくらい、自身の症状が大きく改善し、ネガティブな気持ちに自身が振り回されることが無くなりました。また、緊張度合いとその場面を回避する頻度を計るテストも初診の頃と比べ、スコアが半減するまでになりました。また長年、転職を考えていたものの、面接という緊張度が高い場面や、大きく変化する環境を想像するだけでしんどくなってしまい、なかなか決断し、行動に移すことができなかったのですが、この3月中旬に転職も果たすことができ、現在新たな職場で、新たな仕事に、物怖じせず少しずつ頑張っていくことができています。

 今後も、堤防を越えるような大きな波が来る時には頓服を服用しながら、ことごとく成功体験を積むとともに、その体験を通して、自身の物事の捉え方や反応の仕方をより良い方向に変えていくことができればと考えています。最後になりましたが、豊田先生の色々な言葉に勇気づけられ、色々なご助言に安心することができました事、この場を借りて感謝申し上げます。有難うございました。

会社員Jさん

幼少の頃から上がり症を自覚し、人前に出ることや、目立つ場面に出ることを極力避けてきたように思えます。それでも楽天的な性格の私は、何も特別な症状の事ではなく、大人になるにつれ徐々に改善されていくのだとうとある種の期待感を込めて過ごしてきました。しかし社会人になっても一向に改善の兆しすら感じず、会議等で人前で発言する機会が増していくにつれ、自分の考えを表現することが出来ない場面を幾度となく経験してきました。この段階での自身の症状の印象としては明らかに一般的に人が感じるものとは異質の過剰な緊張感を覚えるという自覚です。
このままでは確実に社会生活を継続することが出来ないと感じた私は、藁をもすがる思いで、とよだクリニックさんを訪ねました。頓服については瞬間的に症状が改善されるということで数年来服用してきましたが、その時はじめてデプロメールという薬を紹介されました。服用し始めて、驚くことに1日目あたりから効果を実感し、一年間服用を継続してきました。
現在は一年間の服用期間を終え、3ヶ月ほど経過していますが再発は全く感じません。以前のような会議や打ち合わせでの場面を想像し、怯えるような状態であった頃から想像すれば、現在の状態は夢のような改善ぶりです。現在は人数の多いプレゼン等がある時だけ、頓服を服用し対応しています。長年苦悩を続けた影響からか、今でも再発するのではないかという一抹の不安があるからでしょうか??、プレゼン中の失敗経験を避ける為、頓服はしばらく併用していきたいと思います。
結論的には、薬等の対外療法で処置できるものとしては100%改善できたものと感じます。後は自身の中に潜んだ要因(前向きな思考であったり、生活全般において取り組む姿勢等)が大事なところかと感じます。最後になりましたが、先生には色々ご助言くださり本当にありがとうございました。

看護師Kさん

私は、小さい頃から上がり症で人前で何かをするという事が苦痛でした。学生時代も、とにかく目立たないように過ごしてきたせいか、人とコミュニケーションをとるのが苦手です。そんな自分がどういう訳か看護師になり大勢の人の中で仕事をしていくうち、人と接する事に少なからず緊張はするものの何とか慣れてきて、特に業務に支障はありませんでした。ところが、5・6年前から会議などに参加する機会が増え、ある会議で発言した時に頭が真っ白になり、心臓が壊れるかと思うほど動悸がして顔がこわばるなど、もうこの場から逃げ去りたいという状況に陥ってから会議の予定がはいると眠れない日が続くようになりました。またセミナー参加、結婚式のスピーチなどことごとく無残な結果になり、ますます人前に出るのが怖く考えるだけで不安感が募ります。
自分が社会不安障害の症状に当てはまることはインターネットで知っていたのですが、病院に行く勇気もなくそのまま過ごしたところ、昨年から責任ある立ち場となりこれ以上耐えられないと感じ受診することにしました。初診では緊張と「大丈夫、治りますよ」という先生の言葉で思わず泣いてしまったのですが、治療が始まり定期薬と頓服薬を服用することで多少緊張はしても人前で話せるようになり自信がつきました。半信半疑で受けた治療にこれほど効果があるとは信じられないことで、今まで苦しんできたのは何だったんだろうと思います。まだ薬の力を借りないと不安ですがこれからの人生で起こるだろう様々な事を乗り越えていけそうな気がして、感謝の気持ちでいっぱいです。

会社員Iさん

私は、高校二年のころ、発表の時に声が震えてしまい、そのことでクラスメートから笑われたことをきっかけにして、人前に出ると人の視線を強く意識し、極度に緊張するようになりました。社会人になって、スピーチなどをする際も、その何日も前から憂鬱な気持ちになったり、目上の人や初対面の人と話す際は、頭の中が真っ白になり、失敗ばかりしていました。仕事上、顧客の前でのプレゼンが会社の業績を左右するような場面が増えると、さらに不安は大きくなり、悩んだ挙句、高額な催眠療法も受けたりしました。催眠療法も効果はあったのですが、日が経つとまた不安が襲ってきました。そのような時に、新聞で「社会不安障害」の記事を見つけ、ネットでみつけた、とよだクリニックさんに相談してみました。まず、私が悩んできた「あがり性」が薬で治療することのできる「病気」であるということ、また絶対改善するとの説明を受けて、それが一番の驚きでした。実際に通院後半年過ぎて、今では会議などで頓服薬があれば一切緊張しないようになり、さらに目上の人とも普通に会話できるまでに改善されています。まだ頓服薬なしでは不安がありますが、先生のアドバイスで、徐々に自信をつけていけるような気がしています。悩み続けて20年、もっと早く治療できていれば、もっと楽しく充実していたのではないかと、今は悔しい思いです。

Hさん

SAD・・・。この名前が二年前程からテレビのCMでよく流れるようになってから、再び私は何とかしなくっちゃと思いました。 私の症状は大勢の前で話したり、字を書いたりすると体が震える、といったものだけでなく、大した人数でなくてもその時の心理状態で6,7人のなかで文章を読み上げるだけで声がうわずって心臓がドキドキし、過換気におちいってしまうものでした。中学3年から高校1年あたりで発生し始めたのですが、原因はもともとの内気な性格とちょっとした人間関係のトラブルでした。周りも私の教科書を読上げる時の様子や発表時の様子に気づき、私はあがっていることを隠そうと焦り、もっと症状は進みました。一番ひどいときは、人前で笑えなくなっていました。レンタルCDショップで住所など書いていると字が震えてくるのです。このままではいけないと思いつつ、ずるずる十年も経過してしまいました。 インターネットで検索し、このクリニックに通うようになってから3ヶ月。ベースの薬を飲み続け、本当にここ一番、緊張すると予想できる場面で頓用の薬を飲むといったものですが、まずはいつもなら多少緊張するような場面で気分的に大きくなり、気付かない程度となっていました。そして6ヶ月。心配していた結婚式でのスピーチ、研修会での発表でも心臓のドキドキもなく、落ち着いてゆっくり行うことができました。多少は緊張しましたが、そして今でも緊張する場面への不安はありますが、今後も一つずつクリアしていこうと思います。 ここに来て変わったことは、大げさですが、これからも生きていこうと思えたこと。SADの人にとってはこれからの長い人生は本当に暗く、不安いっぱいのものです。でも本当に何とかしたいと思うならば、思い切って行動すべし、です。

 

大学生・Gさん

私は、中学生になって急にあがり症になりました。授業で問題を当てられた時、答えが分かっていたのに、当てられた瞬間から頭の中が真っ白になって答えられない事や、自分の名前を呼ばれて返事をする時も、恥ずかしくて声がでない時もありました。こんな状態でも高校生までは何とか過ごすことができたのですが、大学生になり、月に1回のプレゼンテーションが始まると、何度も恥ずかしい思いをしてきました。それは、本番でただ読むだけでいいように原稿を作ったのですが、それを読もうとすると、緊張しすぎてどこを読んでいるのか分からなくなってぼろぼろになったり、声や手が震えてどうしようもなくなったり、私のプレゼンを聞いている周りの人たちが恐くなったりして、いつも失敗していたことでした。その時は、なぜ自分はこんなにもあがり症なのかとすごく自分を責め、次に回ってくる自分のプレゼンにため息ばかりついていました。その半面、これは性格の問題だと思っていたので、半分諦めてもいました。 そんな時に、インターネットで社会不安障害のことを知り病院へいきました。全てが目から鱗でした。まず、あがり症は性格の問題ではなく、社会不安症という一種の病気であること、そしてそれは薬で治ること。これにはびっくりしました。今まで性格の問題だと思っていたことが、治ると言われたのですから。最初は本当に薬で治るか不安でした。しかし、実行してみると豊田先生のおっしゃっていた通りの結果でした。プレゼンでは少し緊張しますが、ちゃんと原稿は読めるし、声や手は震えないし、普通に発表できる自分がいるんです!あがり症の私にとって、発表の場で「普通」でいられるのはすごくうれしいことでした。それからは、プレゼンが近づいても、少し緊張はするものの嫌だとは思わなくなりました。 今では、極度に緊張する機会はほとんどありません。プレゼンの時には、少し緊張はしますが、胸がどきどきするぐらいで、プレゼンに支障はきたさないし、先生に問題を当てられても、間違いなんて恐れず自分の思ったことを大きい声で素直に言えるようにもなりました。ついこの間の自分とは全然違い、不安のない堂々とした毎日を過ごしています。社会不安障害を治すことは、自分の性格を明るい方向へ導いてくれるのかもしれません。私はこのことに早く気付くことができて本当に良かったと思います。 あがり症は治ります。早く行動に出れば、それだけ早く治ります。もし、あがり症でどうしようもなく困っている人がいるのなら、ぜひ治療を受けてみて下さい。きっとすばらしい力になってくれます。

 

強迫性障害と社会不安障害になって・・・専門学校生・Cさん

私は今回うつ病ではないかと思いクリニックを受診しましたが、その結果、強迫性障害と社会不安障害を持っていることが分かりました。今回、クリニックを受診したきっかけは、現在、専門学校に通っており、その定期試験勉強のために、深夜に勉強を続けていた疲労が原因で、テスト後も、テストの出来なかったことに対して異常にくよくよ考え、何もする気がおきずに、毎日無力感と「自分はなんて能力のない人間なのだ」と自責の念ばかりにとらわれて、同じ考えからどうしても抜け出せずに、精神的にくたくたになってしまったからでした。私が、このような症状に陥ってしまったのは初めてではありません。決定的に思い当たる始めの症状は中学受験の時でした。学校での成績は良く、学区の1番校に入れるか否かの微妙な成績の中で、たった1教科とても悪い点をとってしまったショックをきっかけに、そのことをずっとひきずりなんとか希望の高校へ進学できたものの、その後もいつもうつうつとした思春期をすごし、なぜかいつも泣きながら勉強する毎日を送っていました。その結果、思い通りの大学にも進学できず、自分にずっと自信のないまま日々を送っていました。小さな頃から働く女性に憧れていた私はその後も幾つかの専門職をめざし勉強しましたが、すこし無理をするといつも同じように些細な失敗を気にかけ、その事から抜け出せなくなり前に進むことができずどれも中途半端な結果で終わっていました。今までに他のクリニックに掛かった事はありますが、症状が改善されたことはありませんでした。しかし、今回通院した結果、人生が180度変わったように、いままでの症状がなくなりました。初めは、強迫性障害とうつ病の診断でしたが、「人前で作業するのに手が震える」という症状を先生に何気なくお伝えしたところ、社会不安障害にもきく薬を処方していただき、その後驚くほど今まで悩まされていた症状が改善されてきました。今では失敗を前向きに捉えることができ、大嫌いだった人前での発表などもむしろ好きになり、様々なことに挑戦する新鮮な毎日を送っています。一時は今回も、また夢をあきらめなければならないのかと自暴自棄になっていました。今は、生まれ変わったような気持ちです。正直にいうと、「精神疾患にかかったことのない人に何がわかるの?」と初めは心療内科の医師のことを思っていたことも事実です。しかし、今回私の病気が改善したのは、先生の医師としての実力のおかげであることはさることながら、些細な事でも親身になって耳を傾けてくださった先生への信頼の気持ちが私の病気の改善を促したことは間違いありません。 今、もし心の病で苦しまれている方がいましたら、早急にクリニックの門をたたいてください。心の病は、忍耐や努力で治癒するものではありません。実際私も一番理解してほしい母親に「逆境に弱い子だ」といわれたことがあり、今でもその言葉を忘れる事は出来ません。しかし、冷静に物事を判断できるようになった今、他の病気とは違い、頭の中で起こっている病気は目には見えないもので、自分でもどうしてこのような心の状態になってしまうのか分からないものです。それゆえに、家族であっても理解に苦しむことは当然の事であると思います。情けない話ですが、「目に見える病気だったのなら、家族も私に少しは同情してくれるのかな」などと思ったことも度々あります。もし今あなたが、周りにだれも自分の事を理解してくれる人がおらず、つらくて仕方がない状況に苦しんでいるのなら、どうか少しでも早くクリニックに通って楽になって下さい。心療内科へ通院すると聞くと、自分が精神病になってしまったという悪いイメージを持っている方もいるかも知れませんが、決してそんなことはありません。世の中には沢山の人が様々な病気を抱え苦しんでいます。そして、あなたが、たまたま数しれずある病気の中の1つの病気にかかってしまったという事にすぎないのだということだと思います。

あがり症は治る・・・元会社員・Dさん

元来あがり症の私は、大勢の前で話をするとか人前で演奏(ハーモニカ)することが大の苦手でした。なるべくそのような機会を避けていましたが、それでも避けられない場合があり多くの失敗をしました。そんな折、18年6月だったと思いますがNHKテレビであがり症は治るという番組を見て、日赤病院の先生に相談したところ「とよだクリニック」を紹介してくださいました。早速7月22日「とよだクリニック」を訪れました。精神科の先生というと何となく怖いイメージがありましたが、初めて豊田先生にお会いしてそのイメージは間違っていたことに気づきました。いろいろとあがり症についてメカニズムを説明してくださり少し自信がついて、その日は薬を貰って帰りました。そして9月27日、団地の敬老の集いで薬を服用後初めてハーモニカを演奏しました。多少心配はありましたが演奏はあがることもなくバッチリで皆さんに大変喜んでいただきました。その後数回人前で演奏しましたが、今のところ順調で徐々に自信もつき現在に至っております。今後とも油断せず治療を続けて行きたいと思います。豊田先生には本当に感謝しています。これからもよろしくお願いいたします。

会社員・Aさん

客先での会議で頭が真っ白、手に汗びっしょり、トイレが近くなるなど極度に緊張してしまい、月に2、3度ある会議がとても憂鬱でした。いくら前向きな考え方を自分自身に言い聞かせたところで、極度に緊張してしまうという事実は一向に変化しない、そう悩み続けていたときSADのTVCMを見て病院へ行くことを決意しました。緊張を抑える薬を飲んで、会議に出席すると多少緊張はするものの、極度に緊張するということはなくなりました。何とか乗り切れたという思いを度重なる会議で経験するうちに、もう大丈夫だという自信も沸いてきて、月に何度会議があろうと平気になっていったのです。会議を続けているうちに上司からの指示で、自分がメインで、あるプロジェクトのシステムの内容を説明しなければならなくなりました。20人近く出席している会議で自分が質問攻めにあう、適当なことを言ったら信用を失う、そんなプレッシャーです。でも、SADの薬を飲み続けてきたこと、会議前に緊張を抑える薬を飲むことで、そんなプレッシャーも乗り切ることができたのです。通院する前の自分であればとても考えられないことでした。そして大きなプレッシャーを乗り切ることができると、ちょっとした短い会議なら薬を飲まなくても平気になったのです。これもまた以前の自分なら考えられなかったことです。薬もはじめ、「なくてはならないもの」だったのが今では、「補助的なもの」へと位置づけが変化してきました。 SADの人々にとって、仕事をしていると逃げ出したくなる場面というのが何度もあるかと思います。しかし私以外に悩んでいるみなさんにも、それを乗り切り自分の心の変化・成長を味わっていただきたいと思います。それが大きな壁であればあるほど、その実感は大きいです。

会社員・中間管理職・Eさん

私は子供の頃から、いつも人前では緊張していました。人中では全く話ができず、おとなしい性格でした。ところが近年、年に数回ですが講習会の講師をしなければならないことになりました。どもったり、話が止まったりと、内容を上手く伝えられなく、冷や汗ばかりかいていました。周りからのアドバイスも、私には全く通用せず、とても困った状態でした。何とかしないといけないと思っていたときに、TVコマーシャルでSADのことを知りました。心の病気ということで、かなり迷いましたが思い切って受診してみて本当によかったです。 今では、落ち着いて受講生の反応を見ながら説明ができるようになり、ちょっとしたことで、慌てふためいて説明が止まる事も無くなりました。上司からは「見直した」と褒められました。電話でのやり取りも(苦手ではあるけれども)苦痛ではなくなりました。人前で緊張しなくなったこともあってか、今までよりも気持ちが前向きになったように感じています。

会社員・Bさん

昔から人前で何かしたり話すのが苦手でした。普通の人よりもあがり症で、すごい緊張しやすい性格でした。性格なので仕方がないと思い、これまで何もせずに過ごしてきました。しかし、会社に入ると人前で話す機会が増え、研修などの大勢の前で話す時に極度に緊張し声が出なくなってしまうことがありました。このようなことは年に一回あるかないかくらいなので何とかやってこれました。それが入社して8年目のある部内会議の時に緊張のスイッチが入ってしまい、突然しゃべることができなくなってしまいました。今まで普通の部内会議で緊張してしゃべれなくなるということがなかったので、とても心配になってしまいました。部内会議は毎月あるので、その度にこのような状況になったらこの仕事も替えなければならないかと悩みました。そんな時、以前テレビのCMで見たSADのことを思い出しインターネットで調べてみました。近くにある病院を探し、薬物療法を始めました。これが思ったより効果があり、薬をのみ始めてから会議では少し緊張するものの、しゃべれなくなることはなく普通に発表できるようになりました。同じように緊張しやすい性格で悩んでいる人がいたら、まずは病院に行ってSADの治療をしてみてください。きっと何らかの効果はあると思います。

会社員・Fさん

小学生の時は人前に出るのはそれ程苦にならない方でしたが、中学校に入学し最初の授業で指名された時に、何故かとても緊張してしまい声が震えてしまいました。その体験が忘れられず、指名されて緊張したらどうしよう、失敗したらどうしよう、と不安な気持ちが大きくなり、益々緊張してしまうという様な悪循環に陥り、人前に出る機会は出来るだけ避ける様になってしまいました。大人になれば治るだろうと期待していましたが、今まで緊張を感じなかった場面で何かのきっかけで緊張を感じてしまうと次からも緊張してしまい、逆に緊張を感じる場面が増えてしまいました。大人になるにつれて避ける場面が減るどころか増えてしまい、経験したいと思う事にもチャレンジ出来ず自分で世界を狭めている事に悩みつつも人前に出る勇気が持てずにいました。そんな時にテレビのCMでこれは性格ではなく病気なんだと知り、思い切って心療内科を受診しました。しかし、その時に診ていただいた先生からは、不安な時に飲む薬を数個いただき、「気持ちの持ちようです。」と根本的な治療まではしてもらえませんでした。別のメンタルクリニックも受診しましたが、不安な時に飲む薬を数個もらうだけで、やはり根本的な治療はしていただけませんでした。 転職したのをきっかけに会議等でどうしても発言しなければならない機会が増え、このままでは仕事を辞めなければいけないのではないかというところまで追い詰められてしまいました。しかし、以前からしたかった仕事にやっと就けたのに、仕事上の理由ではなく「人前に出るのが嫌」という理由で辞めなければならない事が情けない様な悲しい様な気持ちになり、どうにかして根本的に治したい!と、インターネットでSADや心療内科について検索してみました。そこで、職場から近いクリニックで検索をかけたところ、こちらのクリニックにいきつきました。ホームページには、薬物療法を取り入れられていると書かれていましたので、一度受診してみる事にしました。今まで受診してきたクリニックの先生からは、結局自分が頑張らなければ治らないんだと、どこか突き放された印象を受けてしまったのですが、とよだ先生からは「薬を飲みながら成功体験を積んで頑張っていきましょう。」と、毎日飲む薬と不安な時に飲む薬を出していただき、これで治るんだ!と、長年の不安から解放されました。 現在、薬を飲み始めてから約1年になります。以前は朝礼でひと言発言するだけでも緊張していましたが、頓服を服用すれば緊張せずに乗り切る事ができ、その体験を重ねるうちに、少しずつ自信がつき、小さい会議なら頓服なしで発言出来る様になりました。症状が改善してきた事により、仕事も続けていく事が出来ましたし、今まで狭めてしまっていた世界をこれから広げていける喜びと期待を感じています。

パニック障害の治療を受けて

主婦Aさん

患者としての私の声です。ご一読ください。

私は出産を機に車の運転、高所、閉鎖空間などがとても苦手になってしまった38才の主婦です。
どこまででも高速道路を運転できた、人前で話をするのが大好きだった自分はどこへ行ってしまったのだろう・・・とイライラして苦しみながら、その一部を自分でも気づかないうちに主人や子どもにあたってどうにかやってきました。
子どもが幼稚園のころは大雨なので車で送りたくて、乗り込んだのはいいけれどハンドルを持つ手が怖さで震えて運転できない日がありました。楽しみにしていた家族旅行も、高速道路にのった瞬間に(乗る前から)緊張で体がカチンコチン。娘の手を握りながらどうにか必死の思いで後部座席に座って「高速さえ降りれば大丈夫」と呪文のように唱えていました。
だんだんパニック発作がひどくなると、高いビルやエレベータ、面談などの場からも「こわい、逃げ出したい」気持ちが強く頻繁に起こりました。
今でも高架道路は苦手です。チャレンジする勇気が出てきたら試してみようと思っています。でも、クリニックで処方していただいたパニック障害のお薬を飲んだだけで、私の生活は激変しました。
ガタガタ震えていた電車に一人で乗り、車を運転して出かけられるようになったのです。行動範囲が広がれば生活が広がります。できないことだらけで不満ばかり抱えていた私は、周りの人たちにあたっていました。またそのことで自分を責め続けていました。そんな毎日が薬で変化しつつあります。身体の病気に薬をつかうことにほとんどの人は抵抗を感じません。しかし、精神に薬をつかうことへの抵抗が強いことを母親でもある私は肌で感じます。
ですが、今は思います。体も心も薬で良くなるのならどちらでもいい。お医者さんからの指示通り飲んで楽しく過ごすことができる私は、今、これまでの人生の中で一番幸せです。
決まった場所が怖くなったり、逃げ出したくなるのはパニック発作と呼ばれるものだそうです。自分が弱いから起こるのではなく、どこかを鍛えたから強くなるものでもないと私は経験から思います。足りないものをお薬で補って楽しく生活していきたいと思います。